あなたが審査員ならこの作品を入賞させますか。

公開日: 2016年5月30日月曜日


今から6年ほど前の熊本日日新聞に掲載された記事です。この美術部を指導していた私は、当時「子どもの作品を児童画コンクールに入選させることは美術教師の使命の一つ」などと思っていました。
 指導の対象は美術部だけに限りません。普段の授業でも、コンクールに入選するぐらいにまで作品を仕上げさせていました。
 中学生のコンクールには入選しやすい表現があります。端的に言えば「再現的な表現」です。「写真のような表現」とも言えます。もちろん、これ以外が入選しないということではありません。各種コンクールにはそれぞれ審査員がいますので、入選しやすい表現は異なります。しかし、私の経験から「再現的な表現」の入選率はかなり高いです。
よって、普段の授業でも、風景画指導などには必ず写真を使っていました。子どもが選んだ場所を写真に撮り、その写真を見ながら絵を描かせていたのです。
 
しかし、そんな指導を繰り返していると、時々「これは写真をコピーさせているんだよな」と思うことがあります。3次元の空間から子どもが感じたものを2次元に表現させているのではなく、カメラがとらえた2次元を、そのまま画用紙にコピーさせているように思うのです。
また、「再現的な表現」に向かわない生徒にも出会います。初めから再現的な表現に興味がない、もしくは他の表現がしたいと思っている生徒です。
そんな生徒の一人に色彩遠近法を指導し、出来上がったのがこの作品です。

 作品は魅力的な色使いで、勢いがあります。制作していたその子の生き生きとした様子は今でも覚えています。

 私は、過去の自分の指導を全て否定するつもりはありません。中学生という発達段階は再現的な表現に向かいがちであり、外部評価も求めます。自分の作品に満足する生徒や入選することで更に意欲的になる生徒もいたのです。
 ただ、当時の私のような教師が「再現的な表現」への「偏り」、つまり「見えた色」への「偏り」を生み出しているのかもしれないと思うこともあります。


《児童画コンクールの罪過》
 教師が見映えの良い作品を創るための指導を行い、賞を取るとますますその指導を強めていき、図工嫌いの子どもが育つ可能性がある。(『図画工作・美術科重要用語300の基礎知識』より)
 

 私が学生時代に書いた「児童画コンクールの功罪」という文章の一部です。過去の自分が、今の自分を戒めているようにも感じます。

 ちなみに、先の作品は生徒の意向もあり、二つのコンクールに出品されました。結果は落選と特別賞です。
 この作品は今でも私に児童画コンクールの功罪を示唆してくれます。《本山》
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